お金の教育

日本人には伝統的に「人前でお金の話をするのは下品」などという意識がありますね。「成金」「金の盲者」「地獄の沙汰も金次第」などなど、お金に絡む否定的な表現は多いです。場合によっては、金銭をむき出しで渡したりするのは「はしたない」などと怒られたりします。反対に「清貧」など、お金にからまないのを美しいとする見方が歴史的にあるようです。「御祝い金」もあれば、「慰謝料」などもありで、お金が人生の節目節目で感謝の表れに使われたり、人間関係の区切りに使われたりしています。お金自体は無機質なただのモノであるのに、その時々の人間の感情や状況によって、まったく逆の評価が与えられてしまい、人間関係自体を円滑にしたり疎遠にしたり、直接影響を与える二面性をもった恐ろしいものでもありますね。


それならば、これだけ複雑でその使い方によっては人生をも左右しかねないものに対する「教育」はどうなっているのでしょうか?日本人は金銭や経済に関する関心や知識が不足している、ともいわれています。学校ではお金の教育はその仕組みや制度の話ばかりで、生きていく上での実際的な教育ではないような気がします。最近は「金銭教育」の必要性が改めて強く言われているようです。


「経済」というと、どこか難しく面白味のない教科のようなイメージがありますが、お金のことを理解しないと普通の生活をするのも難しい時代です。経済は私達の生活と密接にかかわっていて、その流れや変化を把握しておかないと、お金を確保して貯金だけしていれば将来も大丈夫とは言えなくなっている時代です。現在のように低金利が続いたり、年金が減額されたり受け取り時期が延ばされたりするような時代であれば、資産の運用を考えることは、将来の生活に大きな差をつけることになるのです。


どうやってお金お得るのかを考えることは、労働の価値を知ることにもなりますし、お金の価値を知って大切にし、賢く運用することは自分がなりたい将来を考えることにもなります。将来自立して生きていくための準備であり、結局人間形成の基礎を作ることにもつながっていきます。そのためには小さい時から、家庭でも自分たちのお小遣いがどこからやってくるのか、それを運用するということはどういうことなのかなどを子ども達と考え、教えるには、親自身がお金に対するしっかりした考えを持ってければいけないですね。


小切手やクレジットカードの国である欧米では、はやくから自立のための教育として金融教育がなされているといいます。小学校で小切手に関する学習が行われ、高校になると投資の教育などもあるそうです。そうした学校での経済や金融の教育を、地域の企業やNPOが支援するシステムもあり、経済の担い手として消費者を育てることが経済全体に必要、という視点があるようです。